100分で名著 谷川俊太郎詩集

エッセイ・コラム

NHKEテレに「100分de名著」という番組があります。毎週月曜日の夜10時台に25分間オンエアされている長寿番組です。6月は、昨年5月の再放送で、「谷川俊太郎詩集」と題して、4回にわたって2024年11月に亡くなった詩人・谷川俊太郎を取り上げています。常連の司会は伊集院光さん、今月の解説は詩人でもある若松英輔さんで、テキストでは力のこもった文章を4回分書いておられて、これが読みごたえがあります。

25分の番組で語れることは多くない分、テキストが非常に充実していてありがたいです。

第1回のテーマは「詩人の誕生」で、谷川俊太郎が詩人としてデビューした前後のことが取り上げられていました。この詩人の18歳のときの詩集『二十億光年の孤独』は、学校の国語の教科書にも掲載されたりして、その中には誰にとっても馴染みのある詩が含まれています。私が谷川のこの詩集に出会ったのは高校生の頃。詩は難解なものと考えて、そのわからなさに憧れた時期に、平易な言葉で書かれた谷川の詩はたいへんインパクトのあるものでした。前掲の詩集の題名にもなった詩は、「人類は小さな球の上で/眠り起きそして働き/ときどき火星に仲間を欲しがったりする」と始まっています。

1950年代の半ばには、宇宙といえば人間の想像力がまず及んだのは火星であったのかもしれません。今では火星人の存在を信じる人はいませんが、人類がまだ月にも到達していなかった時代には、火星人は地球外の生命体の代表格であったように思います。谷川は、そんな火星人が「何をしてるか ぼくは知らない/(或はネリリし キルルし ハララしているか)」と表現しています。10代の谷川が、この訳のわからない動詞でもって火星人のありようを表現したことに、半世紀の時を隔てた今、私たちは圧倒されます。因みに最新のニュースでは、イーロン・マスク氏が立ち上げたスペースXという宇宙開発の企業が株式上場され、ゆくゆくは火星に人間の住む都市を建設するという計画を進めるというのですから、もはや火星は想像力の対象というよりも、開発の対象となり始めているようです。

技術万能の過信でもって、人間の際限ない欲望を宇宙にまで広げてしまうのは果たして人類の希望なのでしょうか。今地球上では人類が抱える問題はろくに解決されることなく、むしろ戦争や暴力、貧困、飢餓が拡大し、社会の分断が拡大しています。これが宇宙にまで拡散すればどうなるのかと心配も大きくなります。それらに目を瞑って開発で「解決」するという先陣争いに直走るよりも、一度立ち止まって、自分たちを振り返る機会が大切であると思います。想像や理解を超えた存在があることに心を及ぼし、未知の世界への畏敬の念をもつ時間を持ちたいとも思います。そんなことに気づかせてくれる谷川の初期の詩です。

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