地域防災訓練に参加して

エッセイ・コラム

私が住む地域は田園地帯です。御多分に洩れず高齢化が容赦なく進行しています。先日は自治会単位の防災訓練があり、その後に複数の集落をまとめた地区の合同防災訓練がありました。訓練といっても、配布文書を読み上げて、その後の合同防災訓練への参加呼びかけが行われた程度です。
家と家が分散している地域で、火災が起きても延焼は免れるかなと思われるので、都会の住宅密集地域とは事情が異なるのですが、それでも地震による家屋の倒壊などは十分に起こりえます。興味深かったのは、お一人の発言。きょうの説明は自助、共助、公助で言えば自助の話ばかりであった。もちろんそれは大切だが、古くなった家の屋根が崩れたりした時には近隣で救出活動をしなければならない、そのための用具はどこかに用意されているのか、といった趣旨でした。理想論です。それに対して、言われることはたいへん立派だけれど、メンバーが高齢化して自治会主催の共同作業にも出てこない人が多い現状で、いったいどれほどのことができるのか、と悲観的な発言(現実論)が続きました。
たしかに倒壊した家屋から人を救出するには人力では限りがあり、ましてや私のような70を超えた高齢者の作業ではおぼつかないとも思います。しかし、10人は助け出せなかったけれど、3人助けられた、ということは可能です。高齢化した地域社会では所詮共助は成り立たない、と考えるのか、それとも高齢化した地域社会だからこそ細々とでも共助を大切にしていくのか。今その岐路に差し掛かっているようです。
すでに人口減少社会に入っている日本では、高齢化、孤立化は都市・農村を問わず進行しているし、それに過疎化が加われば地域社会の生きづらさはさらに度を増します。そんななかでも人々は平穏に日々を過ごしています。自治会防災訓練は、そうした平穏のうちにも地域社会の崩壊が静かに進行していくような気がした機会でした。
必要なことは何か。欠けているものは何か。それらへの答えはまだ見つからないけれど、人々が共に生きるうえでの知恵、大袈裟(大雑把)に言えば地域レベルの「共生の哲学」の共有ではないかと思います。希望は、理想論と現実論の間で模索すべきなのでしょう。
さて、件の自治体防災訓練で自治会長は、どんな防災用具がどこに収納しているのか、新たに加えて欲しい用具は何かを調べる、ということでした。最初の一歩としてはそれは大事な一歩だと思いました。

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