フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者

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『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』
(シャルル・ペパン著、永田千奈訳 草思社文庫 2024年2月)

私が住んでいる小さな町の小さな本屋で見つけた小さな本の紹介です。
 フランスにはバカロレアという大学入学資格試験がある。日本でも国際バカロレアの名で知られる国際的に通用するディプロマがインターナショナル・スクールのみならず、私立や公立の高等学校でも導入され、それなりの知名度を得ている、あのバカロレアである。もっとも国際バカロレアはフランスのバカロレアとは多少の違いがあり、アメリカ合衆国の高校で定着した選択科目が用意されていたりするのだが、基本的な考え方はフランス発なのである。そのバカロレアには「哲学」という科目があり、フランスの高校生はリセーと呼ばれる普通科や技術科ではほぼ全員履修し、大学進学のためにはその科目の試験を受けなければならない。
 この本は、そうしたバカロレア「哲学」のための教科書もしくは受験参考書として書かれたものだという。高校生にわかる言葉でプラトンに始まり、サルトルで終わる10人の哲学者の哲学が解説されている。他の8人は、アリストテレス、デカルト、スピノザ、カント、ヘーゲル、キルケゴール、ニーチェ、フロイトと続く。
 著者は「まえがき」の冒頭で、「私にとって哲学は喜びと切っても切り離せないものだ。考えることで力を得て、強く生きていくことは喜びなのである」と語っている。考えること、生きていくこと、喜びはつながっているのである。現代を生きる人間がおよそ2400年も前のギリシャの人であったプラトンの哲学をなぜ学ぶのか。それは生きるうえで考えること、そしてただ生きるのではなくよりよく生きること、そうした生き方に喜びを見いだすことの大切さに気づかせてくれるからである。与えられた生をいかに生きるかを考えるようになると、過去の哲学者たちが提示してくれた洞察に考える拠り所を求めたいという気にもなってくるのである。
 著者は、プラトンとその弟子アリストテレスを対比しつつ語る。私たちの住むこの世界とは別にイデア(理想)の天界を想定し、あるべき人間、理想の人間像を追求することがプラトンの哲学であった。こうしたプラトンの理想主義に対して、アリストテレスは地上の人間、多様性を擁護する現実主義者として永遠のイデアを否定する。その人間観は現実的で、不完全ながらも欠点をいかに減らしていくかを具体的に考えるのである。たとえば人間の価値としての勇気をめぐっては、プラトンならば真の勇気とは何かを考え、天界の理想を基準にそのあり方が論じられる。それに対してアリストテレスは、勇気を無鉄砲と臆病のちょうど中間にあるものと捉える。あるべき理想よりも現実こそが最初に向き合うべきものであり、少しでもましな行動を選ぶ土台だということになる。
 プラトンが理想とする哲学的対話がすでに存在する真理に気づくためのものであるのに対して、その弟子アリストテレスは民主的な話し合いにより議論を重ねるなかで、真理が育ち練り上げられていくものと考える。このように両者はことごとく対照的であることが説明される。「弟子には用心したほうがいい」と言う著者のユーモアには思わず笑ってしまう。
 10人の哲学者の思想を網羅的に解説するのではなく、対比や対照を交えて彼らの思想の特質を際立たせる。それにより10人が孤立していない。さらに「(それぞれの哲学者)からのアドバイス」という項目があり、哲学者に代わって著者が読者(高校生)に語りかける。
自分の意見が持てず決断できない人、解決策が見つからず迷ってばかりいる人に、「プラトンなら、もっと自分に自信をもてと、シンプルなアドバイスをくれるだろう。だって、真理はあなたのなかにある」のだから、というふうに。また、著者の手にかかれば哲学者は完全無欠の体系を難解に論じる人というよりも、時には矛盾をはらみ、「問題発言を発する人間として見えてくる。そうすることによって、現代を生きる私たちの身近な存在に感じら」れてくる。博識であるばかりではなく、若い世代に哲学を届けようとする著者の熱意にはただただ敬服する。読みやすく知的刺激に満ちた本である。

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