べんぞう
唐突ですが,小林かいちという人を知っていますか?
今や生成AIに押されまくっているウィキペディアによると「小林かいち(1896年~1968年)は,大正後期から昭和初期にかけて京都で,絵はがき・絵封筒などのデザインを手がけた木版絵師・図案家である.作風はアール・デコスタイルで抒情性をもち大正ロマンを感じさせるものである」と紹介されています.しかし,今や忘れられたデザイナーです.
さて,誰も知らないデザイナー小林かいちのことを,何故書く気になったのでしょうか?
それは,私の20歳年上の従姉妹に関わりがあるからです.20歳年上だけれども,私が高校生の頃から憧れの女性だったので,時々従姉妹がやってるお店に行くことがあるとうきうきしてました.京都の三条通に面したお店には,御所人形など京都のお土産物だけでなく,外国人が日本土産に買っていくことを想定された置物や工芸品,さらに絵はがき,封筒,ポチ袋(お年玉や心付けを渡すときなどにお金を入れる袋)など祇園などの花街(かがい)で使われそうな品々も置いてありました.
特に,お店にある絵はがきやポチ袋でデザインが秀逸だと思うものには「さくら井屋謹製」と刻印がされているのが不思議でした.さくら井屋というのが従姉妹の嫁ぎ先のお店の屋号でした.品物を販売するだけでなく,作製もしているようなのです.
私が大学を卒業して仕事をするようになってからは,多忙なこともあり,従姉妹とも会わなくなっていました.
しかし,卒業後15年ほどたった時に,不思議に心が惹かれる絵はがきやポチ袋のことが気になり,さくら井屋にお邪魔しました.そこで従姉妹から木版画にまつわる様々を聴くことになりました.
さくら井屋は元々三条寺町ではなく,天保年間に堀川今出川で「さくら井屋船橋」という屋号で版元をやっていたようです.
その後,たまたま大阪府池田市にある,池田文庫(阪急電鉄創始者の小林一三関係の資料や演劇,特に歌舞伎や歌劇に関する資料を多く収蔵展示している博物館)で,さくら井屋船橋の刻印のある役者絵を観たことがあります.これにはビックリして従姉妹に知らせに行ったことがあります.
さて,そのさくら井屋の倉庫には,版元ですから多くの桜の木で彫った版木や絵はがきなどが山積みになっていました.「これを,このまま倉庫に置いておくと経年劣化が進んでゴミになってしまうことは避けたい」「時々,美大出た子が摺師などをやりたいと尋ねてくれるのは有り難いけど,数年も持たずに辞めてしまう.しんどい仕事やからね」「お客さんの嗜好も少しずつ変わってきて,修学旅行などの京都土産として,うちの商品は人気があったけど,もう時代が変わったんやと思う」などの話がどんどん出てきました.
そのときに,アール・デコ風の特徴のあるデザイン画が載っているハガキやポチ袋をたくさん見せていただきました.作者の名前も聞いたのですが,すぐに忘れてしまいました.
ところが,不思議なことがあるもので,その後,京都の左京区にある書店の恵文社に行ったときに,どこかで観たことがある絵が一杯掲載されている本に目が吸い寄せられることになりました.デジャブ感満載でした.時々,本屋さんで起こる奇跡の瞬間ですね.その本が「小林かいちの世界-まぼろしの京都アール・デコ」(国書刊行会)でした.
立ち読みをすると,この本からさくら井屋の絵はがきやポチ袋の図がたくさん紹介されています.あらあら,この版画の作者は小林かいちという人だとわかりました.
すごい,インパクトがあるデザインです.
早速,この本を従姉妹にプレゼントするために購入しました.

図-1 「小林かいちの世界-まぼろしの京都アール・デコ」(国書刊行会)の表紙
従姉妹はもちろん,小林かいちのことは十分にご存知でした.私が見つけた本以外にも,何冊か小林かいちについてまとめた本が出版されていることも知りました.
急に,倉庫におかれている様々な品々が貴重なものに思えてきました.
しかし,まことに残念なことですが,さくら井屋のお店が2011年1月に閉店されることになりました.
これらの文化財的な作品や版木の活用方法などについても,従姉妹から相談を受けました.私も心当たりに様々相談をしましたが,きちんと保存をして,展示などもしてくれる施設などはなかなか難しいということが次第にわかってきました.
多くの博物館・美術館の収蔵庫が一杯だし,それをきちんと管理できる学芸員の方々も不足しているようです.
これは小林かいちのことだけではなさそうです.
ただ,できるだけ多くの方々に小林かいちの作品などを見ていただければ幸いです.そして何かを感じていただければ嬉しいです.
なお,google先生に「小林かいち」と聞けば,多くのことを教えてくれます.ご参考まで.

